私の10時世前のハイスクール総体想い出話です

私は高校生時代、硬式テニス部でした。

自分が入学した時はテニス部は休部中で隊員がおらず、新ゼロ年生で10お客様くらいでアクティベーションやりたい放題でした。
ただまともな部活ではなかったので高校生総体は法人戦にでれず、自分戦ばっかりでした。
女ダブルスは相棒をよんで列席していました。
高校生時代はお金が無く自分で部費をを稼ぎ、やっていたのでラケットもシューズも相応しい物ではなかったのですがそれを3年齢使い続け誠に高校生総体の対戦を通じていたときにボレーをしたら「バキッ」といった会話がして確認したらラケットのフレームが割れてしまいました。
対戦中にですよ!「ガビ~ン」ですよ!
ラケットは使い物にならず・・・当時の部長に借りたんですが、やる気とかが合わずOUTだらけ・・・
目下ある程度のラケットでいけますけどね~
当時は目茶苦茶だったんですよ~意外と・・・(汗)
フレームが割れたので、勝ってた対戦もスコア~をひっくり返され逆襲負け戦。
いいえ~思いっ切り惜しい高校生総体はなかったですね~ハカナイ最後の対戦でしたね~本当に・・・思い出すといったしくしくだ。予約でiPhone7を手に入れる切り口

競技からホビーへって私の社交踊り一生

私の人付き合い舞踊暮らしは大学入学と共に始まります。

多くの人が女房を作りたい、女房をみつけたいなどの理由で
入部始めるクライアントばっかの人付き合い舞踊部。
あんななかハイスクールの内から「競技としての人付き合い舞踊」を知っていた身は、
ガビガビの脳裏で「競技舞踊をしたいから」という入部。
間・ハイスクールの時は部活が続かなくて、大学に入ってからの糸口で試合になるのが
人付き合い舞踊という意見でした。
トレーニングは著しいながらも夏場・秋の合宿などもあって楽しかっただ。
点数が伸びないタイミングもありますが、4年生最後の競技会「全日本戦」で
チャチャチャ4位で有終の美を彩ることができました。
大学卒業を機会に舞踊の環境からは離れました。
そうして日付は流行り、今は私も中高年に。
ガリガリだったシルエットはスーパーぽっちゃり機種になってしまった身。
そこから第二の舞踊暮らしが始まります。
地域の群れでの舞踊にかかわって5時世ほどになります。
今では点数うんぬんでなく「楽しむ舞踊」が狙い。
音響によって面白く踊りつつ、あわよくばダイエットをとして
練習に励んでいる身だ。無限の嗜好としてそうですね。iphone6plusにオトクに乗り換える方法